横浜元町の裏道に出現するアメカジ古着店、暮らしに染み込むアイテムの「基準」

もともと明治期には、居留地に置かれた米国公使館ゆかりの地(現・アメリカ山公園)に隣接して発展した元町。戦後も進駐軍とその家族に育てられたこの街は、1960年代のハマトラブームを経て、横浜を代表するファッションエリアへと成長しました。
中央に伸びるショッピングストリートをしばらく進み、少し路地へ入ったところに、アメリカ古着や雑貨を中心に扱うお店「Butter Vintage」が佇んでいます。
今回、アメリカでの買い付けへのこだわりやファッションの原点、変化する古着業界、そして長年店を構えて暮らしてきた横浜・元町という場所についてお話を伺いました。
【目次】
横浜元町15年、アメリカ古着の名店Butter Vintage
お店のスタイルは「休日のアメリカのお父さん」?
古着の原点は大阪・アメリカ村
今もアメリカで「根っこから」宝探し
Butter Vintageが15年間店を構えてきた元町の変化
街に溶け込む本場のカルチャー
横浜元町15年、アメリカ古着の名店Butter Vintage
「うちは直接アメリカに行って、自分の目で見て、お客さんに合うものや、自分が欲しいと思うものを買い付けています」
そう話すのは、Butter Vintageの代表の竹中芳秋さんです。

Butter Vintageは今年で15年目。メンズだけでなく、レディースやキッズ、雑貨まで幅広く取り扱っています。竹中さんによると、訪れるお客さんも高校生から60代、時には70代の方まで非常に幅広く、家族で訪れてもそれぞれが楽しめるお店になっているそうです。

そして店舗の外観も印象的。古着屋というよりもまるで海外の一軒家のようなのです。店内には古着や雑貨が自然に並び、どこか人の家に遊びに来たような雰囲気があります。
お店のスタイルは「休日のアメリカのお父さん」?
Butter Vintageに並ぶ商品を選ぶうえで、竹中さんが大切にしているのが、自分自身の感性です。店を始めた頃は「これは売れるだろう」「自分が欲しい」といった基準で商品を選ぶことが多かったそうです。
しかし15年間続ける中で、現在では買い付けをしている時に「あのお客さんならこれを買ってくれそうだな」と、お客さんの顔が浮かぶようになったといいます。
一方で、どれだけ流行していても譲らない部分があります。
「若い子の間で流行っていても、自分が格好悪いと思ったら買いません」
そんな竹中さんが一番好きなのは、アメカジを中心としたベーシックな服です。
「ぶっ飛んだものより、普段でも着やすくて、いろいろ着飾らなくても様になるものが好きです。休日のアメリカのお父さん、みたいな感じですね」



流行しているからではなく、自分が格好いいと思えるかどうか。そんなこだわりがButter Vintageに並ぶ商品の一貫した他にはない雰囲気を生み出しています。
古着の原点は大阪・アメリカ村
竹中さんが最初にファッションを好きになったのは、中学生の頃でした。大阪で、友人のお兄さんたちがリーバイスにコンバースを合わせるようなアメカジを着ている姿を見て、格好いいと感じたことがきっかけです。
その後は友人たちと自転車でアメリカ村へ行き、古着屋を巡るようになりました。
ただ、最初から古着屋を仕事にしたわけではありません。実家が電気屋を営んでいたことから工業高校の電気科へ進学し、卒業後は電気工事会社へ。10年ほど働きました。
30歳が見えてきた頃、「もう一回、自分が本当にやりたいことをやりたい」と考え、仕事に必要な免許を取得してから退職しました。
その後は川崎の古着屋で約4年間修業。最初の1年間は電気工事とのダブルワークだったそうです。独立する際、師匠に初めてアメリカ買い付けへ連れて行ってもらい、その後は自分で現地へ足を運ぶようになりました。
今もアメリカで「根っこから」宝探し
竹中さんが主に訪れるのは、アメリカのスリフトショップです。
アメリカには、不要になった服や雑貨を寄付する「ドネーション」の文化があります。竹中さんは、そうして集まった大量の商品を一つひとつ見ながら、店に置くものを探します。

しかし現在は、InstagramやGoogleマップなどのインターネットの普及によって買い付けの方法も大きく変化しました。
現地のディーラーをSNSで探したり、日本にいる間に商品を取り置きしたりすることもできます。さらにフリマアプリの普及によりオンライン上でのアイテムの個人間の取引なども増え、古着の買い付けの敷居は低くなっていると言います。しかしそんな時代でも、竹中さんは現地に直接赴き、自分の足で古着を探すことを大切にしています。
先輩の古着屋さんから言われた「バイヤーなら自分の足を使って、根っこから全部取らないと駄目でしょ」という言葉が今でも心に残っているそうです。効率やリスクよりも、自分が嫌だと思えばやらない、自分が一番良いと思える方法を選ぶ。
その揺るがない姿勢が、Butter Vintageが長年沢山の人々に愛される理由に繋がっているのではないでしょうか。
Butter Vintageが15年間店を構えてきた元町の変化
現在は古着屋も増えてきましたが、竹中さんが店を始めた頃にも横浜にはいくつか古着屋がありました。しかし一度その数が減ってしまったそうです。
しかし竹中さんは現在の横浜周辺について、
「小さいお店でも、ちゃんとアメリカまで買い付けに行っているところが多い気がします」
と話します。
東京の高円寺や下北沢、大阪のアメリカ村のような大きな古着街とはまた違い、少数精鋭と言ったような、小さなお店がそれぞれの色を持ちながら営業しているそうです。そこに、横浜の古着文化の面白さがあります。
竹中さん自身も、現在はご家族で元町周辺で暮らしています。住み心地を尋ねると、返ってきたのは「最高です」という言葉でした。
中華街が近く、みなとみらいにもすぐに出られる一方で、外国人墓地や丘、公園なども身近にあります。
「一歩入ると田舎っぽいというか、自然が多いんです」
観光地としての華やかさだけでなく、少し道を入れば静かな住宅街や緑があります。さらに竹中さんは店を営む身として他の元町に店を構える人たちとも、実際にコミュニケーションを取ったりお店に赴くことで積極的に交流を行っているそうです。
竹中さんは「今のところ、あまりここから出る気はないですね」と笑顔で話してくれました。
街に溶け込む本場のカルチャー
Butter Vintageの空間も、そんな元町という街によく馴染んでいます。
現在の建物は、大家さんの自宅の一部を借りたものだそう。一見するとアメリカの住宅のようですが、実は大家さんがイメージしていたのはイタリアだったそうです。竹中さんも当初は、照明などを変えて、もっと分かりやすくアメリカらしい店にしようと考えていました。
しかし、植物を置いてみると、
「むしろこのままの方がアメリカっぽいな」
と感じたといいます。
何度も現地を訪れてきた竹中さんが見てきたアメリカは、決して綺麗に統一されたものではありません。
店内の装飾やインテリアには中国や日本、インドなど、さまざまな国のカルチャーが混ざり合い、自然と存在しています。全てがアメリカ由来のものでガッチリと統一されているわけではありません。しかし、それが逆に多国籍文化の根付いた本場のリアルな空気感を演出しています。

「誰が見ても格好いいヴィンテージショップというより、もう少し肩の力を抜いた、家の中みたいな店を作りたかったんです」
さまざまな文化が一つの街に共存するという点では、横浜・元町にも通じるものがあります。
中華街や山手、外国人墓地、港町らしい景色――。異なる雰囲気が近い距離で混ざり合う元町だからこそ、Butter Vintageの少し力の抜けたアメリカらしさも、自然に馴染んでいるのかもしれません。
竹中さんは今後について、「できれば今のスタイルをあまり変えずに、のんびり続けたい」と話します。
今の生活が続いて、好きな乗り物に乗って、好きな家に住んで、好きなものを買える。それが一番の理想だと竹中さんは語ります。
ただ、15年間続けてきたからこそ、同じことをしているだけでは続かないことも竹中さんは経験しています。売り上げが上手く伸びず試行錯誤した時期もあったそうです。
「変えずに続けるためにも、何かは変えないといけません」
若いお客さんとも話し、今何が流行しているのかを見る。その中で自分自身も格好いいと思えるものがあれば取り入れる。流行に合わせすぎず、過去にも固執しない。自分の「格好いい」という基準を残しながら、必要な部分は変えていく。横浜・元町で15年続いてきたButter Vintageには、そんな竹中さんの考え方が詰まっています。
そして現在運営している元町店と鎌倉にも店舗があるのですがその他に、もしも新しくお店を出すなら東京や故郷である大阪にも出店してみたいと竹中さんは言います。もし実現すればきっと素晴らしいお店になることは間違いないでしょう。
元町を訪れた際には、メインストリートだけではなく、ぜひ裏通りにも入ってみてください。
















